マジック・サムの名盤感想
ひょっとするとマジック・サムはブルース・マンの中では地味な存在かもしれない。
オリジナル・アルバムは数枚。しかもそのほとんどがカバー曲。目立ったオリジナル曲もありません。
初レコーディングは1957年ラッシュと同じく「コブラ」でしたが、直後にベトナム戦争で兵役に服し、しかも「人殺しは出来ない」という人間としてもっともな理由で脱走罪に問われ数年を刑務所で過ごす羽目になっています。
本格的なレコード・デビューは1967年。このライブ・アルバムの前半はそれ以前の63~64年のライブを収録しています。
しかし、聞きどころはなんといっても1969年アン・アーバー・ブルース・フェスティバルの模様を収録した後半部分ですね。
69年のライブは幻の名演と呼ばれ、マニアの間でテープで取引されていたのですが81年になりやっとレコード化されました。
スリー・ピースのシンプルなバンド構成でありながら、タイトでファンキーなそのギター演奏は、遥か後に登場するスティービー・レイボーンを彷彿とさせます。(レイボーンが影響を受けたかどうかは定かではありませんが。。)
あなたが演奏する「スィート・ホーム・シカゴ」はどんなアレンジでしょう?
決してロバート・ジョンソンのそれではなく、畳み掛けるようなハードなブギーのリズムのはずです。
それこそが、この時のライブでマジック・サムの残したシカゴ・ブルースの遺伝子なのです。
もしあなたがこれを聞かず、ブルース・セッションに参加するなら「もぐり」と呼ばれることを覚悟しなければなりません(笑)
彼はこのライブの直後(69年)心臓麻痺でこの世を去っています。(享年32歳)
しかし、そのブルースの遺伝子はサムの名前を知らない世代にも確実に受け継がれているのです。
彼は「伝説のブルース・マン」には成れませんでしたが、このライブは「伝説のライブ」に他なりません。
オーティス・ラッシュ&マジック・サム
同時期に「コブラ」に録音を残し、「ウエスト・サイド・サウンド(もしくはシカゴブルース第二世代)」と呼ばれた二人の名演奏が一度に聞けるCD。
シカゴ・ブルース全盛期を過ぎて現れた二人の天才ブルースマンは、時代のあだ花だったのでしょうか?
ファンの間では「バーベキュー・セッション」と呼ばれる、1968年彼の自宅のホームパーティーの時に録音された幻の音源。
エピフォンのセミアコ片手にサム自身が弾き語りをしている。
バックに子供のはしゃぐ声が入っていたり、リラックスムードだが結構本気で歌っていて音源としては秀逸。音質も悪くない。
本当の意味で音楽のある生活とはこういうものではないだろうか?日本も早くこんな風に音楽を楽しめる文化になって欲しい。
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