岡林信康 ( おかばやしのぶやす )
高石友也の誘いで1968年URCよりレコードデビュー。
牧師の父親をもち、自身も同志社大学神学部出身という異色の経歴をもつ。
「山谷ブルース」をはじめ、部落問題を歌ったといわれる「手紙」「チューリップのアップリケ」など衝撃的なプロテストソングを歌い、そのイエス・キリストにも似た風貌から「フォークの神様」と呼ばれた。(ファースト・アルバム「私を断罪せよ」のジャケットで髭をたくわえた岡林の影が十字架になっているのがなんとも象徴的)
中でも「友よ」は安保闘争、学生運動をシンボルとして集会の最後に大合唱する光景が各地で見られた。
岡林自身はそういった「神様扱い」に違和感を覚え、人気絶頂のさなかアルバム「俺らいちぬけた」をリリース。
突如音楽界から姿を消してしまう。
復帰した70年代半ばからは、韓国の打楽器舞踏団「サムルノリ」との共演や、日本民謡のリズムをもとにした「エンヤトット」など独自の音楽活動を続けている。